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この世の無情を歌った「下千鳥」

哀愁漂う「下千鳥(さぎちじゅやー)」
浜で群れて飛ぶ小鳥のことを、沖縄方言で「ちじゅやー」と言い、この曲は琉球舞踊曲で有名な「浜千鳥」をアレンジした曲となっています。歌詞は歌う人によって様々に変わりますが、共通しているポイントは、もの悲しい歌詞であるというところです。今回は、嘉手苅林昌(かでかる りんしょう)さんの歌う下千鳥を取りあげましょうね。
“真夜中どぅやしが 夢(いみ)に起(う)くさりてぃ
今時分(なまじぶん) うじゅでぃ
我(わー) 沙汰(さた) 沙汰がしちょら
情(ちり)なさや 二人(たい)がしぇる仕様(しざま)
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真夜中であるが 夢に起こされて
今時分 目が覚めて
私の噂をしているのだろうか
無情なことよ 二人の有様
※「情(ちり)なさや」は「切なくて」と訳されることもあります。
"ままならんからどぅ わかりやいうしが
のよでぃ 夢しじく 見してぃ 呉(く)ぃゆが
無情ぬ くぬ世間(しけ)や 頼み苦(ぐり)さ”
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一緒にはなれないからこそ(ままならない恋だから) 別れたというのに
どうして しょっちゅう 夢に見せてくるのか
無情のこの世は 頼みづらさよ(当てにならない)
※「のよでぃ」は「ヌーンディ(どうして)」と訳しています。
二人ですが、夢に出てくるほど想いを募らせている様子です。
“朝間 夕間 通(かゆ)てぃ 慣りし
面影(うむかじ)ぬ 立たな日や 無いさめ(ねーさみ)
塩屋(すーや)ぬ煙(ちむり) 寂しさや
干潮(ふぃし)ぬ千鳥 鳴き声(なちぐぃー)”
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朝も夜も 通って 慣れ親しんだ
面影が浮かばない日はない
塩屋の煙の寂しさよ
干潮の千鳥の 鳴き声
叶わぬ恋をしていると、塩屋*の煙も千鳥の鳴き声もより切なく感じるのでしょう。
*塩屋:海水から塩を取る小屋。塩屋の煙とは、海水を濃縮して焚いて塩を取る際に煙が立つ様子のこと。
ちなみに、千鳥は「思う人を呼ぶ悲しい声 」「会えない人を探し求める声」としてよく使われています。今も昔も、恋の切なさに変わりはないことが感じられる唄ですね。
なぜ、一緒にはなれないのでしょうか?
明記されていないため断言はできないですが、この世の無情さを嘆いていることから、親の都合や身分、または片方の遠方への移動などの外的要因で離別せざるを得なかったと想像しましたが、ここの解釈は聴く側に任せてもいいのかもしれません。ちなみに、千鳥は「思う人を呼ぶ悲しい声 」「会えない人を探し求める声」としてよく使われ、「ワカリ」という方言は「別れ、離別」を意味します。 また、「塩」はよく聞く方言では「まーす」と言いますが、沖縄語辞書で調べると「すー」は「潮」や「海水」といった意味があるとのことです。